マーカス・ミラーとチャックDのコラボ曲から見るブラックミュージックアーティストとしての役割
ジャズとヒップホップ
この二つのジャンルの再接近を中心として今の音楽シーンが新しい盛り上がりを見せていることは最早言うにも及ばない。早耳のリスナーはこのトレンドを追いかけているだろう。その中であの大御所ベーシスト、マーカス・ミラーもヒップホップに接近した。マーカスの最新アルバムの最後の曲、”I Can’t Breathe”にてPublic EnemyのチャックDとコラボしている。
マーカスの知名度はこと日本に関してはそのテクニカルかつ派手なプレイによって担保されていると言っても過言ではない。しかしながら、プレイヤーとしてだけでなく、プロデューサーとして、あるいは活動家として、ユネスコの奴隷制度問題にも関わっているなど実に多様、かつ世界的な活躍を見せていることをご存知だろうか。
最新作“Afrodeezia”はそんな彼の近年の多面的な活動が結実したアルバムであると言える。マリ、南米、セネガル、ナイジェリアやブラジル、カリブ、アメリカ南部のアーティスト等をゲストに迎えた上で作られた本作は、原始的なアフリカンなリズムとマーカス節とも言えるコンテンポラリーかつアーバンなジャズ・フュージョン風味を上手くブレンドした作品だ。
それだけでなく若いジャズ・ミュージシャンを多く器用していることからもマーカスがよりジャンル、年代、国境など様々な面でボーダーレスな作品を志向していた事が伺える。という本作についての能書きはほどほどにして注目すべき”I Can’t Breathe“について考察していきたい。
歌詞からも前述の活動からも読み取れるようにこの曲においてマーカス・ミラーは黒人の生活、警察からの不当な扱いなど、今だに環境を取り巻く差別的状況への強い批判、非難をするためにチャックDを起用している。実際にエリック・ガーナーという黒人男性がニューヨーク警察に取り押さえられ、窒息死した際の彼の最期の言葉が「I can’t breathe (息ができない、苦しい)」であった。彼はタバコを非正規で売った疑いで警察官に殺されたのである。その後レブロンジェームズを含め様々な著名人が警察に対するプロテストとして「I Can’t Breathe」というフレーズを使用していった。
本作は今までのマーカスの作品と比較してもかなりスピリチュアルな音像でこの曲に限っても独特な浮遊感がある。だがここでチャックDが用いている言葉は対照的によりアクチュアルな内容となっている。
黒人社会が理不尽な恐怖に息のつまらされるような状況にあっても、「恐怖の中で息をしていても良いことはない」「常に周りに注意をし、油断をするな」とラップ内で語っている。さらに手を空に挙げ戦う姿勢を保つことの大切さも表明しているのかもしれない。チャックDのバースは二回、どちらも比較的短いもののシンプルでストレートなメッセージは実に胸を打つ。
今、ヒップホップとジャズが結びつきを見せるなかで、この曲は黒人音楽の歴史を踏襲した音現代のジャズと、黒人社会の赤裸々な感情を表明する音楽としてのヒップホップという明確な役割分担のもと協調的に機能しあっている。さらに「音」だけではなく、「カルチャー」として問題を解決していくというブラックミュージックアーティストとしての役割を全うしている。
今後もこういったコラボレーションが是非とも見たいものである。
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